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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)1655号 判決 1975年10月27日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 松本健男

同 藤田一良

同 樺嶋正法

同 仲田隆明

同 菅充行

被告 株式会社大阪読売新聞社

右代表者代表取締役 八反田角一郎

右訴訟代理人弁護士 塩見利夫

同 山本忠雄

右両名訴訟復代理人弁護士 阪井紘行

主文

被告は原告に対し金一〇万円及びこれに対する昭和四七年二月一九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し一〇〇万円及びこれに対する昭和四七年二月一九日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告に対し、読売新聞朝刊関西版の第二三面に別紙第一目録記載の謝罪文を、縦一七センチメートル、横一一・五センチメートルの大きさで一回掲載せよ。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告は、その発行する昭和四七年二月一八日付読売新聞朝刊(二三面)紙上に別紙第二目録記載の記事(以下本件記事という。)を、八段抜きで大々的に掲載報道した。

(二)  本件記事は、「都島に反戦アジト

火炎ビンなど押収」と四段抜きの大見出しを掲げ、「宝荘の空室から発見された火炎ビン、モデルガンやビラ(大阪・都島署で)」との説明付きのビールビン、物干し竿等を写した写真を掲載し、かつ特に原告の居室に火炎ビン、鉄パイプ、モデルガン、アジビラ等が隠されていたと断定しこれらが府警警備部によって押収されたこと、同室を借りていた「甲野」という男は五地区反戦の中堅活動家であると同警備部が断定してその行方を捜していること、原告は同室を五地区反戦軍事メンバーのアジトにしていたが追及がきびしくなったため撤去したらしいこと、五地区反戦は東淀川等の五地区の学生、労働者を中心に結成されたアナキストグループであることを強調するものであり、これを読んだ人々に、原告が五地区反戦と称する過激派集団のために自己の居室を火炎ビン等の製造保管を含むアジトに使用させていたことを強く印象づけるものである。

2  しかし、原告が右居室において火炎ビンを製造しもしくは所持していた事実はなく、火炎ビン及び鉄パイプと称されている押収品は単なるビールの空ビン及び薄い鉄筒に青色のビニールを巻いた物干し竿にすぎない。そして、被告の取材記者は自らこれらの物を直接見分しているのであるから、右事実を容易に知り得た筈であり、かつその当時警察自身も念の為押収したビンの精密鑑定をしようとしている段階であった。

しかるに、本件記事は、あたかも現実に火炎ビン等が押収されたかのように事実をねつ造し、かつ根拠なしに五地区反戦がアナキストグループであり火炎ビン闘争等を行っているかの如く報道し、一般読者に対し、反戦派が社会的に危険な存在であり民間アパートを火炎ビンの製造保管場所に使用することにより一般市民の生活に脅威を与えており、原告が極めて危険な反社会的分子であることを印象づけて、原告の社会的名誉と信用を毀損したものである。

3  原告は、昭和二六年六月二一日生れの青年であり、同四二年三月鹿児島県○○市の△△中学校を卒業後直ちに来阪しそれ以来現在まで大阪府下に居住している。同四五年一二月頃前記宝荘の一室を賃借して入居したが、同四七年二月上旬転宅することとなり、同月一二日同室を退去した。

しかし原告は、本件記事の報道により重大な精神的打撃を受け、特に大阪府警警備部が原告の行方を捜しているとの記載から無実でありながら何らかの容疑によって逮捕されることもありうると考え、数日間転居先の居宅から一歩も外へ出ることができない程著るしく不安な状態で過したが、同年二月二二日弁護士に付添われて大阪府警警備部、都島警察署へ出頭して押収物全部の還付を受けたことによりようやく右の不安から解放された。

また原告は、同年二月一四日頃東大阪市本庄トラックターミナル内愛知陸運に就職の申込をして採用され同月二一日から就労するよう命じられていたところ、本件記事による精神的不安のために右同日出勤することができず失職し、さらに、同月二五日東大阪市稲田近畿車輛株式会社内山崎工業所に就職の申込みをして面接を受けたが翌二六日不採用通知に接したので、その理由を問合せたところ、指名手配されているからとの回答があった。

以上のとおり本件記事の報道により原告が受けた精神的苦痛は重大であり、かつ今後も予測困難な不利益を招来するものであるところ、これに対しては慰謝料として一〇〇万円及び請求の趣旨2項に記載のとおりの謝罪文の掲載が相当である。

なお、右謝罪文中名宛人として「読者各位殿」とあるのは、本件記事が読者一般に対し報道されたものであるから当然その取消もまた読者一般に宛ててなされなければならないからである。

4  よって原告は被告に対し、本件記事の報道によってもたらされた原告の名誉毀損による精神的損害につき慰謝料として一〇〇万円及びこれに対する右不法行為日の翌日である昭和四七年二月一九日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに名誉回復の手段として請求の趣旨2項に記載のとおりの謝罪文の掲載を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1項の(一)の事実及び3項のうち原告が宝荘の一室を賃借した事実は認め、その余の事実のうち次項以下の被告の主張に反する部分は否認する。

2  (本件記事取材の経緯)

(一) 昭和四七年二月一七日午後七時頃都島警察署漆谷警備課長から城東署内東方面記者クラブに対して、「今日午後過激派のアジトが見つかったので連絡する。」旨の電話連絡があり、これに応じて被告社会部記者岸本弘一が都島警察署に赴いたところ、同署警備課室に於て、警備課長、江見俊雄係長等同課員の殆んどが揃った席上で大要次のとおりの発表があった。

(1) 都島区中野町五の九の二七不動産業浜根源一(四八歳)から、同人管理にかかる同町五の一一の九宝荘アパート三階二二号室が過激派の隠れ家にされていたらしいとの通報があった。

(2) そこで同室を調べたところ、西側流し場の床下が四〇センチメートル四方に切られてモデルガン二丁、空ビン二本及び釘、鉄パイプ、アジビラ等をいれた木箱が見つかった。

(3) こうした状況から判断して同室には過激派が居たことは間違いない。

そして、記者からの質問に対し、同課長は「この部屋の借主は三日ほど前に引越して名前がはっきりしない。」と答えた。

(二) 同日午後一〇時頃被告社会部はさらに詳細な取材をするため津田尚孝記者及び山中勲写真部員を都島警察署及び宝荘アパートに赴かせて前記発表内容の確認を始めた。

直接捜査に当った警察官は、都島警察署において、津田記者の質問に対し、同日午後現場を検証した模様につきメモ、地図をもとにして詳細に状況の説明をなし、領置中の空ビン、モデルガン、鉄パイプ等二五点の写真を撮らせてくれた。さらにこれらの物を隠していた状況、男子の長髪を切り落した毛束があったこと、アパート隣人の「男の出入りが激しく、夜遅くまでカンカンと物音がし、部屋の中にはヘルメットが転がっていた。」と証言していたこと等からして、これは尋常の男ではない、状況から推して過激派の隠れ家だったに相違ない、おそらく府警の強力アパートローラー作戦で身に危険を感じ髪を切り落し変装して出て行ったものであろう、この部屋が過激派集団の溜り場所であったことは間違いない、と説明した。津田記者は右の説明をもとにして原稿を作成し、翌一八日午前零時三〇分頃これを本社に送った。

一方、都島警察署において前記アパートの居住者の氏名が不明であったため、同日午前零時過ぎ大阪府警警備担当の被告社会部記者黒川満夫が同府警萩田良太警備一課指導官らについて調査したところ、「五地区反戦」のメンバーに「甲野太郎」の経歴書があり、これらの状況からして宝荘アパートの住人は原告に相違ないことを確認した。

被告は以上の事実を総合して本件記事を作成、報道したものである。

(三) なお、被告は、大阪府警科学捜査研究所が前記押収にかかる空ビンを鑑定した結果硫酸、ガソリン等火炎ビンに使用する薬品類の反応が検出されなかったことを知ったので、直ちに別紙第三目録記載のとおりその事実を報道した。

3  (本件記事の真実性)

(一) 日刊新聞の重要な使命は一般世人に日々の出来事を迅速に報道することであって、その記事の価値を高めかつ紙面の制約に対処すべきところから、報道の迅速と記事の簡潔はその至上命令であるとさえいわれている。従って、報道に当ってはその段階における一定の時点での事実を事実として報道すべきものであり、またその本質的部分において事実に符合する限りその些細な点において客観的事実に合致せず或は読者の興味をひくため多少の潤色誇張があったとしても、その性質上やむを得ないものとして容認されるべきである。

本件記事の本質的部分は、火炎ビン等二五点の押収品があったこと及び隠れ家であったことの部分であり、これは報道の時点における事実と合致しているのである。

(二) 「火炎ビン」については、警察官が押収した空ビン二本をさして「これは火炎ビンに使う目的のものである。」との説明をなしたのであり、右空ビンが単なる空ビンではなくわざわざ白く何物かを塗付されておりかつ他のモデルガン、鉄パイプ、多数の釘等のうちにあったことから、右の説明はその時点での状況からして真に妥当であったというべきである。これを被告が「火炎ビン」と簡潔に表示したとしても、新聞記事の簡潔性の要請と多少の潤色として容認されるべきものであり、かつこれが事後の鑑定の結果火炎ビンでないことが明白になったからといって右記事が嘘偽の報道であるということにはならない。

さらに、「鉄パイプ」については、原告自身押収品の還付を受ける際これを鉄パイプとして認めており、又その長さ一・三八メートルの鉄パイプが社会通念上人をして危険感を抱かせるに足りる「凶器」であることはいうまでもない。「モデルガン」についても、プラスチック製の模型拳銃が発見押収され、かつ原告自身これをモデル拳銃として還付を受けている。

(三) 「アナキスト」とは日本語で無政府主義者をいうところ、これらは一般には「権力の効用とか管理を認めず、直ちにこれらの強制手段を破壊しようとするため、爆弾、殺人などテロリズムを用い、支配者に恐怖を感じさせる方法を肯定する」者と理解されている。

ところで、昭和四四年以降反戦青年委員会のグループが広範囲の地域で極左暴力集団として手拭いで覆面して投石し、角材・火炎ビン等を使用する等社会の安寧秩序を攪乱したことは明らかであり、その行為の態様からこれら集団を一般の呼称に従いアナキストと表現することは今日の社会常識上適切である。そして、「五地区反戦」は正式名を「五地区反戦共闘会議」といい、昭和四四年一一月大阪東淀川等五地区の反戦集団をまとめて結成され、社会党系の反戦闘争委員会の過激メンバーを中心に極左組織の大学卒業者をまじえて組織された。理論は極左暴力集団の一セクトである共産主義労働者党、プロ学同の理論を受け、職場反乱、地域・街頭反乱による社会不安から革命を企図し、武力による暴力闘争を主流としている。そして五地区反戦の構成員中には、屋上から火炎ビンを投下して騒乱行為をなした者や暴力行為により逮捕され現在裁判を受けている者らがいる。

4  (抗弁)

仮に本件記事が原告の名誉を毀損したとしても、以上の事実から明らかなとおり、

(一) 本件記事はすべて真実であり、かつ公共の利害に関する事実に係り、もっぱら公益を図る目的から報道されたものであるから、被告は不法行為の責任を負わない。

(二) 仮に本件記事が真実でないとしても、前記のとおり警察官から発表された内容を骨子として更にこれを確認したうえで報道したものであり、被告には右事実を真実と信ずべき相当の理由があったというべきであるから故意・過失がなく、不法行為の責任はない。

三  被告の主張に対する原告の認否及び主張

1(一)  同2項の(一)及び(二)の事実は不知、(三)の事実は認め、同3項の事実は否認する。

(二)  同4項(抗弁)の事実は否認する。

2  被告がなした本件報道の取消記事(別紙第三目録)は、本件記事に比して余りにも簡略であり、かつ単に捜査の進展により火炎ビンや鉄パイプでないことが判ったかの如き表現をなす点において何ら原告の被害を回復するものではないから、これにより被告の責任が軽減されるものではない。

第三証拠≪省略≫

理由

一1  請求原因1項の(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  右事実によれば、本件記事は次のような内容のものと認められる。すなわち、

昭和四七年二月一七日午後、大阪市都島区中野町五丁目一一番九号宝荘アパートの管理人から「同アパートの一室が過激派の隠れ家だったらしい。」との通報があったことから、都島警察署警備課員が同アパート三階の二二号室を検証したところ、同室流し場下の床板が四〇センチメートル四方切られて二階天井とのすき間にモデルガン二丁、火炎ビン二本、一・五メートルの鉄パイプ、アジビラなどが隠されているのを見つけ、大阪府警警備部がこれらを押収した。

同警備部の調べによると、同室は昭和四五年一〇月頃から「甲野」と名乗る男が借りていた。同人は、肩まで頭髪をたらし無口で近所付き合いもなかったが、この二月一四日に管理人方へ「引っ越します。」と告げて姿を消した。

押収したビラには「五地区反戦」と書いたものが多く、同警備部では、同室に住んでいた男は同反戦の中堅活動家の甲野太郎であると断定して、その行方を捜している。同人は、同室を五地区反戦軍事メンバーのアジトにしていたが、追及がきびしくなったため撤去したらしい。

同アパートの住人の話によると、同室にはいつも四、五人の男が出入りし、深夜に釘を打ったり木を切るような音がしていたという。

五地区反戦とは、大阪・東淀川、東大阪、北大阪、北摂、豊能の五地区の学生、労働者を中心に結成されたアナキストグループである。

以上のとおりである。

そしてこれら記事中重要な部分は、都島区にある民間アパートの空室床下からモデルガン、鉄パイプ、火炎ビン等が発見され、警察に押収されたこと、警察ではこの部屋を借りていたのは「五地区反戦」の中堅活動家の甲野太郎であると断定して同人の行方を捜していること、同人はこの部屋を学生、労働者を中心とするアナキストグループである五地区反戦の軍事メンバーのアジトにしていたところ、追及がきびしくなったため撤去したらしいという点であり、その余は副次的な部分であるということができる。

もとより新聞記事の報道による名誉毀損の成否は、単に当該記事の記述内容のみではなく、見出し部分や添付写真をも含めた全体をその新聞の一般読者が閲読した場合にいかなる印象を受けるかを基準として考えるべきものである。

そうすると、通常人が本件記事の見出し及び写真を併せて本文を通読する場合、原告がいわゆる過激派グループの一員として宝荘アパートの一室をアジトとし、ここで仲間らと火炎ビン等の凶器を準備して何らかの不穏な企てをしていたが警察当局の追及を感じて行方をくらましたかのような印象を受けることは否定できない。そして右のような事実は犯罪の容疑に関するものといえるから、これが新聞記事として掲載され一般に報道されたことにより、その行為者として氏名を公表された原告に対する社会的評価、信用は低下し、原告の名誉は毀損されたものということができる。

二1  ところで、公表された事実が公共の利害に関するものであり、その公表が専ら公共の利益をはかる目的でなされ、かつ摘示した事実が真実であることが証明されたとき、またはその行為者においてその事実が真実と信ずるについて相当の理由があるときは右行為者には責任がなく不法行為は成立しないものと考えるのが相当である。以下これを本件について検討する。

2  (本件記事に関する被告の取材の経緯及び内容等)

≪証拠省略≫を綜合すると次の事実が認められる。

(一)  昭和四七年二月一七日午後七時頃都島警察署漆谷警備課長から城東警察署内にある東方面記者クラブ(朝日、毎日、産経、読売の四新聞社の記者により構成されている。)に対し、都島警察署管内で過激派のアジトらしいのを見つけた旨の連絡があり、同署警備課に赴いた被告会社の記者岸本弘一を含む右四社の記者らに対し同課長から、「同日午後宝荘アパート管理人浜根源一から同アパートの一室に火炎ビンや鉄パイプらしい物、ヘルメット等があったので過激派が住んでいたのではないかとの通報があった。現場を調べたところ反戦ビラ、火炎ビンらしいビールビン、鉄パイプ、モデルガン等が出てきたので過激派のアジトではないかと見ている。ビールビンについてはまだ火炎ビンであると断定できないので府警科学捜査研究所へ鑑定に出す。同室に住んでいた者の名前については履歴書や入居申込書から推定はできるがまだ断定できないので現段階では言えない。」との説明があり、かつ右説明にあったビールビン、鉄パイプ、モデルガン等二五、六点を見せられた。

そこで岸本記者は被告本社に対し、「同日午後宝荘アパート管理人からの通報により同アパートの一室が捜索されたところ火炎ビンらしいビン、鉄パイプ等が出てきたので警察では過激派のアジトではなかったかと見ている。」旨電話連絡をした。

(二)  前同日午後一〇時頃被告会社社会部記者津田尚孝は社会部当直デスクから本件について再取材するよう指示を受けて写真部員と共に都島警察署警備課へ赴いた。当時同課には同日の宝荘アパートの調べに関与した福山巡査長が居合わせたが、同巡査長は津田記者の求めに応じて、現場の見取図を示してその状況や物品のあった箇所を詳細に説明し、かつ包みを解いて押収品を見せて写真撮影することを認めた。

同巡査の説明は、「当日現場を捜索し発見した証拠品を一応押収した。ビンは火炎ビンか、もしくはそれに使う目的ではないか。軍事行動に用いられる恐れのあるその種の武器かも分らないので明日大阪府警科学捜査研究所へ鑑定を依頼する。アパートの住人の話では、現場の部屋へは夜毎若い男が出入りし夜中に物を叩く音がして、部屋の中にヘルメットが転がっていたことがあった、という。恐らく新左翼のアジトではないか。右の物品から見て「五地区反戦軍事組織」があったのではないか。部屋の住人は二月一四日に同アパートを出た。」との内容であった。

津田記者は、当時の社会的背景、発見されたアパートの状況及び物品から綜合して異常であると判断して、同月一八日午前零時半頃本件記事の本文中最末段(「五地区反戦」は……以下。)を除く部分とほぼ同内容を記載した原稿を被告本社に送った。しかし、同記者はこの時アパートの住人の名前は聞いていなかった。

なお、津田記者の求めにより、被告本社から安保記者が宝荘アパートへ向かったが、深夜のためアパートの人達から満足のいく取材は出来なかった。

(三)  一方、被告会社社会部記者黒川満夫(大阪府警本部記者クラブ所属)は、社会部デスクの命により府警本部の警備担当係官に電話で問合わせた結果、本件アパートの住人の氏名が甲野太郎であることを知りこれを報告すると共に、同警備部から得た五地区反戦に関する情報を送稿した。

(四)  被告社会部デスクでは、津田記者による前記の送稿及び黒川記者による氏名の報告をリライトして本件記事本文(前記末段部分を除く。)を、黒川記者の右送稿に基づいて本件記事本文末段部分をそれぞれ作成し、これに被告政治部が作成した見出しをつけて本件記事を作成し、昭和四七年二月一八日付読売新聞(朝刊)に掲載報道するに至った。

以上のとおりであって、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  本件記事は、前記のとおり原告の犯罪容疑にかかる事実の記載であるから、公共の利害に関するものであると認められる。

また、当時いわゆる過激派グループによる爆弾事件等の破壊活動が頻発して世間の関心をひいていたことは公知の事実であり、≪証拠省略≫によれば、警察当局は過激派に対する一斉捜査として全国的にアパートローラー作戦なるものを展開していたこと、本件記事の掲載はもっぱらいわゆる過激派のアジトが発見されたという事実を読者に知らしめる目的で報道されたものと認められるから、もっぱら公益を図る目的に出たものということができる。

4  そこで、本件記事は真実であると認められるか、仮に真実であるとは認められないとしても被告らが真実であると信じたのが相当であるかについて検討する。

≪証拠省略≫によれば次の事実が認められる。

昭和四六年二月頃都島警察署ではその組織をあげて過激派の一斉捜査に当り管内の目ぼしいところを捜査していたところ、同月一七日同署刑事課巡査部長栗本荘吉が宝荘アパート管理人浜根源一から同アパート二二号室の住人が三日前に引越した後の同室内に反戦ビラ多数、鉄パイプや火炎ビンを作るのに使うと思われるビールビンや釘があったという通報を得て、これを同署警備課江見係長に報告、説明した。そこで、漆谷同課々長、同課江見係長、福山巡査長らが浜根管理人方事務所へ出かけ、同人から右通報と同一趣旨の説明を受け、同人が部屋から持出して保管していたビラ、鉄パイプ、釘、ビールビンを見せて貰った。さらに、同人らは右部屋を調べたが、室内にはビラが散乱しその壁にマジックインクで「斗争」等と書いてあり、流し台の下の床下が約四〇センチメートル四方切り取られて二階天井との間に履歴書、モデルガン、マッチ空箱、ビラがあった。そこで、過激派の者が住んでいて火炎ビンを作っていたかどうかについて捜査するため、流し台の下から指紋を採取すると共に、前記のビールビン二本その他合計一二点の証拠品につき浜根から任意提出を受けて凶器準備集合罪容疑で押収手続をとり、同アパート外のごみ箱から発見されたビラ五、六枚につき遺留品領置の手続をとった。浜根からは入居申込書を見せて貰い、かつ昭和四五年末から部屋には甲野太郎という者が住んでいたとの説明を受けた。アパートの他の住人らからは、同室へは若い人が二、三人出入りしていた、室内にはヘルメットがあり、住人は外出時に山登りの軽装で出てゆく、夜中にカンカンと物を打つ不審な音がした等の聞込みを得た。

漆谷課長が前記の新聞記者に発表説明した段階では以上の外形的な事実が警察に判明していたにすぎなかった。

そこで、都島警察署では採取した指紋の照会及びビールビンの内容物の鑑定依頼をなすこととしたが、二月一八日指紋については指名手配中の者の指紋と符合しないという結果が分り、また二月一九日鑑定の結果何ら薬品類が検出されないことが分った。そして結局、本件は犯罪の容疑がないということで、送検の手続もとられなかった。

また、≪証拠省略≫によれば次の事実が認められる。

本件部屋から発見されたモデルガン二丁はいずれも黒色プラスチック製であって、一丁は壊れていて一見して玩具であることが分るが、他の一丁は完全なピストルとしての外形を備えていてその使用される時間、場所、状況によっては充分本物のピストルと見誤られる虞れがあった。鉄パイプ一本はその形状からして必ずしも日常生活上用途は明確には判断できないことからいわゆる過激派が武器として使用する鉄パイプでないかと見ることが相当と認められる物であった。ビールビン二本はいずれもスタイニー型のものであり、うち一本には外側全体に白色系の塗料が塗られているが形状からは何に使用されるか判断できないものであった。

以上の事実関係を前提として、前記理由第一項の2で指摘した本件記事のうち重要な事実と目すべき部分についてそれぞれ検討してみるに、

(一)  「都島区にある民間アパートの空室床下からモデルガン、鉄パイプ、火炎ビン等が発見され、警察に押収された。」という部分中、「火炎ビン」が発見されたという点は真実に反し、その余の部分は一応真実に合致しているということができる。そして、新聞記者に対する発表に際し、右のビールビンが火炎ビン又はその目的に用いられるものかどうかにつき、警察が断定することを避けてこれらを鑑定に出すことを明言していたのであるから、その結果が判明する前にこれらを直ちに火炎ビンであると信じることは他の押収物や現場の状況を考慮しても軽卒に過ぎ相当性を欠くものといわざるを得ない。けだし、本件現場からは「誰が見ても凶器準備集合罪の決め手となる物は出てこなかった。」のであって、右のビンが火炎ビンであるか否かは、部屋の住人につき犯罪の嫌疑があるかないかを決めるうえにおいて決定的な事実であったというべきであるから、その点の判断はより一層慎重にすべきであると解されるからである。被告は新聞報道の簡潔性の要請から「火炎ビン」との簡潔な表現を用いたと主張するけれども、本件記事の見出部分に限定して考えれば右主張を容認する余地もなしとはしないが、本件記事を余体として見るときは原告が本件部屋において火炎ビン等の凶器を準備していたとの印象を与える記述になっており、「火炎ビン」と断定するか単にその「疑いのあるビン」という程度に記述するかによって記事全体の印象を大きく変えることになり、この部分は重要な要素であるというべきであるから、もはや新聞報道の簡潔性の要請をもってしても被告の行為が許容される範囲内にあるものということはできない。

(二)  つぎに、「警察ではこの部屋を借りていたのは「五地区反戦」の中堅活動家の甲野太郎であると断定して同人の行方を捜している。」という部分についてみるに、都島警察署では新聞記者に対する発表の時点では部屋の住人の名前が甲野太郎であるということまでは判明していたが、未だその身元確認までには至ってなかったこと、しかし被告は住人の名前を府警本部係官から独自に取材したことは前示認定のとおりである。そして原告本人尋問の結果によれば、原告が本件部屋を借りて居住していたこと、昭和四五年夏頃五地区反戦に加入し主としてデモ、集会やビラまきに加わっていたことが認められる。しかし、本件記事の表現からすれば他の記述部分とあわせて一般読者に対して、原告が警察から犯罪容疑者としてその行方を追及されているかのような印象を与えることは否定できないところであり、前示認定のとおり、当時都島警察署では未だ本件につき犯罪の嫌疑があると断定する段階には至っておらず、かつ住人の氏名についても一応判明していただけでその身元の確認中であり、同署警備課長においてはその氏名を公表することを避けていたのであって、また、警察当局が同人の行方を追及していたことについてはこれを認めるに足りる証拠はない。そうだとすると、本件記事中「警察が部屋の住人を断定してその行方を追及している」との部分は重要な点において真実を報道したものとはいい難く、さらに、前記のとおり被告において府警本部警備担当係官から部屋の住人の氏名を取材したことは認められるけれども、その取材の相手の資格や経緯が明らかでない以上、前記のとおり本件を担当した都島警察署警備課長が氏名を伏せるという慎重な態度をとっていた事実に照らせば、右事実をもってしても、前記記事部分が真実であると信ずるにつき相当な理由があるとはいいがたい。

(三)  また、「甲野は、本件部屋を学生、労働者を中心とするアナキストグループである五地区反戦の軍事メンバーのアジトにしていたところ、追及がきびしくなったため撤去したらしい。」との部分については、「アナキストグループ」、「軍事メンバー」の用語によって甲野なる者が本件部屋をもっぱら暴力を用いて治安をみだすことを目的とする組織のアジトとして使用していたかのような印象を与えるものであるが、原告に関し右の事実があったことを認めるに足りる証拠はない。さらに、当時反戦青年委員会所属の構成員が各地で治安をみだす行動に出ていたことは公知の事実であり、≪証拠省略≫によれば、昭和四五年一〇月八日頃五地区反戦の構成員らが東大阪市役所に乱入したこと、また、同メンバーのうち二名の者が当裁判所刑事部において被告人として審理されていることが認められ、これらの事実と前記被告会社の記者らによる取材の経緯及び内容を併せ考慮しても、前記の事実を真実と信じることにつき相当性があるとはみなし難い。けだし、当時警察当局において右の如き推測ないし見込みを有していた事実は窺えるけれども未だこれを決定づける事実は出ていなかったし、新聞記者に対する発表に際してもこの点についての断定を避ける慎重な態度を維持していたのであり、このことは被告会社の記者においても充分知っていたものと認められるから、被告としては裏付取材をなして右の事実を確かめたうえで記事とすべきであり、事実を確認できない段階で報道する場合には、これを断定的に報道することなく警察の慎重な態度を正確に反映した表現を用いるべきであるからである。そして被告が右部分についての裏付取材をなしたという主張立証はない。

5  以上を要するに、被告は、本件記事を報道するにあたって、本件部屋から発見されたビンが未だ火炎ビンであるかどうか疑わしい段階でこれを火炎ビンであると断定し、また、原告が本件部屋をいわゆる過激派のアジトとして使用していたかどうか断定できず、従って警察当局の責任者が原告の氏名の公表をさし控えていたのに、右の事実の裏付取材を十分なさないままにこれを断定的に記載してかつ原告の氏名を報道したのであるからこの点において過失があるというべきである。

従って、被告は原告に対し本件記事の報道によって原告が受けた損害を賠償する責任がある。

三  損害

1  被告が大阪府警科学捜査研究所の鑑定結果を知って直ちに別紙第三目録記載の記事(以下訂正記事という。)を掲載、報道したことは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によれば、原告は、鹿児島県生れ、昭和四二年郷里の中学校を卒業後直ちに来阪して同四五年一二月まで○○○○○○○に勤務し、その後は各所にアルバイト勤務をしていたが本件記事の報道当時は失業していたこと、宝荘アパートには同四五年一二月から同四七年二月一二日頃まで居住していたが右同日友人である乙山二郎方へ引越し同居したこと、同四五年夏頃反戦活動を目的とする五地区反戦に加入しそのデモや集会に参加していたこと、昭和四七年二月一八日本件記事を見て不当に逮捕される危険あるものと感じて同日から同月二一日まで東大阪市内の友人方へ行き外出も殆んどしていなかったこと、同月二二日友人と共に松本健男弁護士方へ相談に行き、同弁護士らと共に府警本部警備部及び都島警察署へ出頭し、同署で押収品の還付を受けるとともに本件ビールビンが火炎ビンと無関係であった旨の説明を受けたこと、本件記事が報道される前頃東大阪市の愛知陸運に就職が決まり同年二月二一日から就労する予定となっていたところ前記のとおり逮捕されることを恐れて外出することを差し控え出勤しなかったこと、同月二六日頃山崎工業所で面接を受け同所に一旦は採用されたが三日後に、指名手配されている者は採用できない、との理由により右採用を取消されたこと、同年三月頃から○○○○に就職し以後同所に勤務していることが認められる。

2  そうすれば、原告は本件記事が掲載されたことによって前記のとおり名誉を毀損されかつ既に決定していた就職口を失なったうえ一時期は逮捕される危険があるとして不安の状態のうちに過したものであるから、少なからぬ精神的苦痛を被ったものということができる。そして、前記不法行為の態様、その他諸般の事情を斟酌すると右の精神的苦痛は一〇万円をもって慰謝されるべきものと考える。

3  次に、原告は被告に対し原告の低下した社会的評価の原状回復の一手段として請求の趣旨2項記載の謝罪文の掲載を求めているけれども、本件記事の内容、これによる名誉侵害の程度及び前記訂正記事の掲載を考慮すれば、原告が本件不法行為によって被った損害を填補するには前記慰謝料をもって十分償われるものと考えるべきであって、さらに原告の社会的評価を回復するための謝罪文を掲載する必要性は認められない。

四  よって原告の請求のうち、被告に対し一〇万円およびこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和四七年二月一九日から完済に至るまで民法所定の利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから右部分を認容することとし、その余の部分は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田秀文 裁判官 渡辺昭 芝野義明)

<以下省略>

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